2012年1月29日日曜日

タカタカ旋風を、もう一度

《なんで急に走ったんだ》
監督は聞いた。選手はキョトンとした表情をしている。
《なぜって、サインが出てたよ》
《盗塁のサインなんか出してないぞ》
《いや、出てましたよ》
《コーチのほうがよく見ていたはずだから聞いてみろ》
三塁コーチボックスにいた選手は、当然の顔をしてこういった——《先生、盗塁のサイン出していたじゃないですか》
《…………》
いうべき言葉がなかった。ユニフォームのその部分に触れてしまったらしいのだ。多分、夢中になっていたせいだろう。
そのことがあってから、飯野監督はベンチのなかで、ますます無駄な動きをしなくなった。

何度読んでもこのシーンで思わず吹き出してしまう。
山際淳二の名著『スローカーブを、もう一球』で描かれているこの野球チームは、1980年の高校野球秋季関東大会で準優勝し、春の甲子園への切符を手にした。
そして今年の春、このチームは31年振りに甲子園の舞台に立つことになる。

高崎高校——近隣の校と区別するために、このチームはタカタカ(校)野球部と呼ばれている。
タカタカは決して野球強豪校ではない。
それどころか公立トップクラスの進学校であるため、卒業生もスポーツ選手や文化人より、福田赳夫、中曽根康弘といった政治家の方が目立つ。
そんな学校の野球部が、甲子園に出場する。

「あの本は、甲子園出場の成功までしか書いてないんですよね。実際は、その後浮足だって失敗した。次はそうはいかない」
80年〜81年チームの中堅手で、現在タカタカ野球部監督を務める境原尚樹は言う。

かつて、関東大会で吹き荒れたタカタカ旋風。
今度は甲子園という大舞台でそれを見てみたいと思う高校野球ファンは大勢いるだろう。

春の甲子園は3月21日に開幕する。

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